昭和四十年の家永教科書裁判以来、歴史教科書問題はしばしばマスコミの注目の的になっていた。昭和末期の「新編日本史」や、平成に入ってからの「新しい歴史教科書」などの保守系教科書に対するマスコミの拒否反応も異常なものであった。国民の多くは過去の日本の歴史に、少なからず罪悪感を持っている。戦後のGHQの教育政策が、日本人に罪悪感や劣等感をすり込むことに見事に成功したと言ってもよいだろう。

 従前、歴史教科書問題の関心は大東亜戦争の評価に関するものであったが、最近は古代の事項にもある種のイデオロギーが浸透しはじめている。「大和朝廷」や「任那」という正しい歴史用語を使用している中学歴史教科書は八社中二社のみである。また、よく知られた「聖徳太子」という呼称に対してすべての教科書で「厩戸皇子(厩戸王)」とい呼称が併記されており、聖徳太子の知名度を低下させようという魂胆が見え隠れしている。歴史学者の偏向したイデオロギーによりねじ曲げられた学説が教科書に現れてきたといえるだろう。

 我々の主張を「歴史修正主義」として批判する向きもあるが、改竄された歴史は修正されなければならない。日本の未来を背負う子どもたちに、正しい日本の文化や歴史を教えなければならないのである。真の国際化は、自国の文化や歴史を正しく知ることから始まる。

 そこで、今回は現行の中学歴史教科書がどのように偏向しているかを示すとともに、教科書問題の歴史とその起源について考察していく。

 新しい御代が始まる本年、昭和・平成と二つの御代にわたって燻っていた教科書問題に決着をつけ、来夏に行われる中学教科書採択に向けての世論を喚起したいものである。